注目の製品情報
2022/06/02
痛みの研究に有用なヒト感覚ニューロンの作製
- 用途別細胞培養
ヒトの感覚神経と痛みの研究に適した感覚ニューロン(sensory neuron:SN)の作製には、STEMCELL Technologies社の「STEMdiff™ Sensory Neuron」がおすすめです。この製品を使用すると、ヒト多能性幹細胞(human pulripotent stem cell:hPSC、ヒトES/iPS細胞)由来の神経堤細胞から、機能性のヒト感覚ニューロンへと分化することができます。
本稿では、製品の特長や作製したヒト感覚ニューロンの解析データを紹介します。
ヒトの感覚神経と痛みモデル
感覚ニューロンは身体の末梢から中枢神経系(central nervous system: CNS)に信号を伝達し、痛みや温度などの感覚として経験させる役割を果たしています。感覚ニューロンは細胞体を後根神経節(dorsal root ganglion:DRG)に有し、2本の突起を出す双極神経細胞です。その細胞表面に発現するさまざまな受容体(リガンド、機械感受性、および温度感受性)が、酸、機械感覚、熱などの刺激によって活性化され、細胞の脱分極とそれに続く神経発火を引き起こします。したがって、これら受容体の研究は、医療機関に入院する原因の1つである「痛み」を軽減させる治療法の開発に不可欠です。
現在、痛みの研究は主に齧歯類の解剖で摘出した初代DRGに依存していますが、これはヒトの痛みの反応を正確に表していない可能性があります。一方、痛みの研究によく使用される神経細胞株は、痛みの調節に重要なTRPチャネル、カリウムチャネル、または電位依存性ナトリウムチャネルNa(v)1.8 とNa(v)1.7が発現していません。さらに、ヒト多能性幹細胞由来の感覚ニューロンの作製方法が確立されておらず、分化効率や再現性に課題があります。
「ヒトの痛みモデル」の確立を目指して、「STEMdiff™ Sensory Neuron Differentiation Kit」と「STEMdiff™ Sensory Neuron Maturation Kit」が開発されました。「STEMdiff™ Neural Crest Differentiation Kit」を使用すれば、hPSCから神経堤細胞(neural crest cells:NCC)を経て末梢感覚ニューロンへ効率よく分化させることができます。これにより、ヒト特有の機能的な感覚ニューロンを用いた痛みモデルや創薬研究の発展が期待できます。
STEMdiff Sensory Neuronとは?
製品の特長
「STEMdiff™ Sensory Neuron Differentiation Kit」と「STEMdiff™ Sensory Neuron Maturation Kit」を使用すると、hPSC由来の神経堤細胞からわずか13日間で感覚ニューロンに分化します。得られる細胞はBRN3A陽性、70%以上がTUJ1陽性で、カプサイシンのような感覚リガンドおよび温度変化への応答活性を示します。創薬や痛みの研究に有用な、機能的なヒト感覚ニューロン集団の取得に利用できます。
- コストがかかるDRG外植片の過程が不要で、動物使用量を削減
- STEMdiff™ Neural Crest Differentiation Kitで得られる神経堤細胞から途切れなく感覚ニューロンへと分化・成熟
- シンプルで使いやすい仕様で、hPSC由来感覚ニューロンの生成を合理化
- 神経活動と成熟をサポートするBrainPhys™培地と組み合わせて、生理学的関連性の高い結果を獲得
対象分野、アプリケーション
基礎研究
- 末梢痛のメカニズム
- 感覚ニューロンの神経回路
- 痛みの遺伝学、痛みの個人差、感覚
- 基礎疾患に起因する慢性のかゆみ(そう痒症)
応用研究
- 非依存性鎮痛剤の開発
- 慢性疼痛の治療
使用方法
STEMdiff™ Sensory Neuron Kitsを使用してヒト感覚ニューロンを作製するプロトコールの概略を以下に示します。
Day -6~0 hPSC(mTeSR™1などで維持培養したもの)をシングルセルとしてSTEMdiff™ Neural Crest Differentiation Kit(ST-08610)の培地に播種し、神経堤細胞(NCC)に分化させます。
Day 0~6 NCCを継代してSTEMdiff™ Sensory Neuron Differentiation Kit (ST-100-0341)の培地に播種し、感覚ニューロン前駆体に分化させます。培地は全量を毎日交換します。
Day 6-13 培地をSTEMdiff™ Sensory Neuron Maturation Kit(ST-100-0684)に交換して、感覚ニューロンへ成熟させます。培地は全量を2日ごとに交換します。
Day 13+ 成熟した感覚ニューロンを分析に用いるか、長期間の維持培養が可能です。
詳しいプロトコルはこちらをご覧ください。
STEMdiff Sensory Neuronデータ紹介
感覚ニューロンへの分化とマーカー発現
- peripherin , BRN3A, TUJ1, Nav1.7, TRPV1を複数のhPSC株で促進 -
mTeSR™ Plusで維持したhPSCからSTEMdiff™ Neural Crest Differentiation KitでNCCに分化させ、さらにSTEMdiff™ Sensory Neuron Differentiation Kit および Maturation Kitで感覚ニューロン(sensory neuron:SN)に分化・成熟させました。
(A)得られた培養物にはSNマーカーであるペリフェリン(緑)とBRN3A(赤)を、(B)ニューロンマーカーのクラスIII β-チューブリン(TUJ1、赤)とともに発現する細胞集団が含まれています。(C)コントロールとしてSTEMdiff™ Midbrain Neuron Differentiation Kit および Maturation Kitで作製した中脳ニューロンは(D)クラスIII β-チューブリン(TUJ1、赤)を発現するものの、ペリフェリン(緑)またはBRN3A(赤)を発現しません。核はDAPI(青)で標識されています。
mTeSR™1、TeSR™-E8™、またはmTeSR™ Plusのいずれかで維持したhPSC株をSNに分化し、得られた培養物中の(E)BRN3A+および(F)TUJ1+細胞の発現率を定量化しました。ニューロンマーカーのクラスIII β-チューブリン(TUJ1; 90.3% ± 4.1%, mean ± SEM; n=4 cell lines, 3 - 12 replicates per condition)を発現するBRN3A+ のSN(25.3% ± 6.9%, mean ± SEM; n=7 cell lines, 3 - 23 replicates per condition)が確認できました。数値はタイル画像のDAPI合計に対する正の%です。
(A)SN分化の12日目にSNマーカーであるペリフェリン、BRN3A、Nav1.7、TRPV1、およびニューロンマーカーであるTUJ1の免疫染色を行いました。mTeSR™ Plusで維持したH1およびH9細胞株から分化した際の代表的な10X画像を示しています。(B)各マーカーの陽性細胞比率を定量化しました(mean ± SEM; 3 replicates per line)。数値はタイル画像のDAPI合計に対する正の%です。
感覚ニューロンの自発的神経活動の発達および侵害受容刺激への応答をMEAで検出
(A)mTeSR™ Plusで維持したH1細胞株由来のNCCを微小電極アレイ(MEA)プレートで直接SNに分化させた例。NCCを2 x 105細胞/cm2で播種した後、SNは記録電極上で分化・成長しました。(B)SNへ分化後に平均発火率(mean firing rate:MFR)を評価しました。培養したSNのMFRは、7日目の0.018 ± 0.008 Hzから33日目の2.3 ± 0.4 Hzまで時間経過とともに徐々に増加しました(n=3; mean ± SEM)。(C)中脳ニューロンおよびSNの培養物において、侵害受容刺激に対するMFR応答を評価しました。21日目のSN培養では、温度上昇に応じてMFRが27 ± 4倍(mean ± SEM, n=3)に増加し、回復時に徐々に減少しました。対照的に、37°Cで自発的な神経活動を示した50日目の中脳ニューロンは、温度上昇時にMFRの倍増を示しませんでした。21日目のSN培養に100 nMカプサイシンを添加すると、同様にMFRが25 ± 3倍(mean ± SEM, n=3)に増加しました。
参考(学会発表ポスター):