研究者の声
2021/05/06
mTeSR Plus cGMPを用いたヒトiPS細胞の長期培養 研究者の声【31】
- 用途別細胞培養
ヒトiPS細胞の増殖速度・未分化維持能の検証に、STEMCELL Technologies社mTeSR Plus-cGMP (商品コード:ST-100-0276) をお使いいただきました。 従来のヒトiPS細胞を用いた実験は、費用やマンパワーの面での負担が極めて大きいことが知られています。今回は、それらの課題を解決するmTeSR Plus- cGMPについて、研究者様からのリアルな感想をご紹介します。
研究者紹介
松井 健先生
島根大学 医学部
神経・筋肉生理学講座
※ 所属や役職等は掲載当時のものです
研究内容
成体ヒトにおいて、中枢神経系の再生能力が低いことは広く知られています。神経細胞には分裂能がなく、虚血や物理的損傷によって失われた神経細胞を再生させる技術も現時点では確立されていません。そのため、脳卒中や頭部外傷によって神経機能を喪失した患者は生涯にわたる後遺症に苦しめられています。
我々はこの問題を解決するため、ヒト脳の構造を試験管内で再現したヒト脳オルガノイドを用いて研究を行っています。脳損傷の際にヒト脳の神経細胞が失われるメカニズムを明らかにして、脳損傷の治療法開発に貢献することがこの研究の目的です。
具体的には、ヒトiPS細胞を様々な成長因子を加えた条件で分化誘導することで、ヒト大脳や脳幹部の構造を再現したオルガノイドを樹立します。その後、これらのヒト脳オルガノイドを用いて、ヒト脳の虚血損傷を試験管内で再現する実験系の確立を試みています。このほか、脳虚血時に生じる遺伝子発現変化の解析や虚血後に生じる神経細胞死のメカニズムの分析も行なっています。 これらの実験には大量のヒト脳オルガノイドが必要であり、分化誘導の開始前にヒトiPS細胞を大量に確保しておく必要があります。短期間に最小のコスト、マンパワーで必要な数のヒトiPS細胞を得るため、mTeSR Plus-cGMPを用いてヒトiPS細胞の培養を行っています。
方法および材料
マトリゲルでコートした3.5 cm培養皿にヒトiPS細胞を播種し、mTeSR Plus-cGMP 培地を用いて、feeder-free環境下で培養を行いました。2日に1回のmedium change (MC) を行いつつ、70%コンフルエントまで細胞が増殖した時点で継代を行い、マトリゲルでコートした10 cm培養皿に播きなおしました。その後は細胞が増殖して70%コンフルエントに達する度に10 cm培養皿上で継代を繰り返し、ヒトiPS細胞の大量培養を試みました。
使用したiPS細胞株
・201B7 (健常者由来iPS細胞 山中伸弥教授樹立株)
・Cellartis® Human iPS Cell Line 12 (ChiPSC12)
結果
上記の条件でmTeSR Plus-cGMPを使用してヒトiPS細胞を1ヶ月以上培養・観察しました。
mTeSR Plus-cGMPで培養されたヒトiPS細胞は増殖が速く、3.5cm培養皿1枚で培養していたヒト細胞を1週間で10 cm培養皿4枚にスケールアップすることが可能でした。これらの結果は、2種類のヒト線維芽細胞由来iPS細胞で確認されています。以前に毎日MCが必要な他社mediumで培養していた際は同様のスケールアップに10日を要していたことから、mTeSR Plus-cGMPによる培養環境では、細胞の増殖速度が2-3割ほど速いことが示唆されます。 また、他社培地でこれらのヒトiPS細胞を培養した際には、細胞密度が高まった際にヒトiPS細胞が分化してしまい、ヒトiPS細胞に特徴的な形態が失われることがしばしば起こりました。しかし、mTeSR Plus-cGMPによる培養下ではこの現象は発生せず、ヒトiPS細胞は高密度での培養下でも特徴的な形状を保っていました。
図1. Takara ChipSC12 ヒトiPS細胞を過密条件で培養した際の比較
左:他社培地、右:mTeSR1 Plus-cGMPで培養
結論
mTeSR Plus-cGMPによる培養下では、2日に1回のMCでヒトiPS細胞の特徴的な形態を維持できることが確認できました。また、mTeSR Plus-cGMPで培養されたヒトiPS細胞は、他社mediumで培養した時と比較して、より安定した形状を維持していました。さらに、細胞の増殖速度も他社mediumより速いことが示唆され、先行品であるmTeSR Plusと同等の性能が確認できました。 これらのことから、mTeSR Plus-cGMPの導入によりヒトiPS細胞培養において大きなメリットが期待できると結論できます。
mTeSR Plus-cGMPを使用した感想
ヒトiPS細胞を用いた実験は、費用やマンパワーの面での負担が極めて大きいことが知られています。しかし、mTeSR Plus-cGMPを導入した結果、これらの負担が軽減し、資金節約、マンパワー節約、さらに細胞操作機会の減少によるコンタミリスク軽減の3点において、非常に大きなメリットが得られました。
また、培養経験の少ない非熟練者がヒトiPS細胞を扱う際には、細胞の増殖速度を見誤って細胞を分化させてしまう失敗が散見されますが、本製品を用いた培養環境では高密度でもヒトiPS細胞の未分化状態が維持されるため、非熟練者がヒトiPS細胞の培養を学ぶ際にも極めて有用です。 以上のことから、mTeSR Plus-cGMPはヒトiPS細胞実験において最適かつ不可欠な製品と考えています。