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2023/07/18

神経変性・神経筋疾患モデルに ヒト運動ニューロンの作製

  • 用途別細胞培養

神経変性や神経筋疾患の研究モデルに有用なヒト運動ニューロンの作製には、STEMCELL Technologies社の「STEMdiff™ Motor Neuron Kits」がおすすめです。これらの製品を使用すると、ヒト多能性幹細胞(human pulripotent stem cell: hPSC、ヒトES/iPS細胞)から、機能性の運動ニューロンへと分化誘導できます。

本稿では、製品の特長や作製したヒト運動ニューロンの解析データを紹介します。

脊髄運動ニューロン

運動ニューロン

人体には多くの種類の運動ニューロンが存在しますが、大まかに以下2つの主要グループに分けることができます。

  • 上位運動ニューロン: 細胞体は脳 (運動皮質または脳幹) にあり、軸索を脊髄の下位運動ニューロンに投射します。
  • 下位運動ニューロン: 細胞体は脊髄前角にあり、軸索を脊髄からエフェクター筋に投射します。脊髄運動ニューロンとも呼ばれます。

STEMdiff™ Motor Neuron Kitsを使用すると、下位運動ニューロンすなわち脊髄運動ニューロン (spinal motor neuron: spMN) を作製できます。spMNは、上位運動ニューロン、脊髄介在ニューロン、感覚ニューロンからのシナプス入力を受けます。一方、spMNは末梢のエフェクター筋にシグナルを送り、神経筋接合部 (neuromuscular junction: NMJ) と呼ばれる特殊なシナプスを形成して筋収縮を制御しています。1

spMNは個体発生においては神経外胚葉に由来し、中枢神経系 (CNS) の一部です。個体発生中、神経管の前後軸方向のレチノイン酸 (RA) 勾配によって、脊髄への分化が方向づけられます。その後、脊髄の背腹軸パターン形成によってspMN前駆体ドメインの形成が促され、さらにHox遺伝子発現によって前後軸に沿ったspMNへの分化が方向づけられます。2

spMNの研究分野

spMNは以下の疾患と関連しています。ヒトspMNは、これらの神経疾患モデルや毒性試験を含むさまざまな用途に役立ちます。

  • 運動ニューロン疾患: 筋萎縮性側索硬化症 (ALS)、脊髄損傷 (SCI)、脊髄性筋萎縮症 (SMA)、進行性球麻痺、進行性筋萎縮症など
  • 神経障害: シャルコー・マリー・トゥース病など
  • 神経筋接合部疾患: 重症筋無力症など
  • 筋障害: 筋ジストロフィーなど

spMNへの分化方法

ヒト多能性幹細胞から運動ニューロンへのin vitroでの分化誘導法として、いくつかの代表的なプロトコル 3-5 が報告されています。これらは、in vivoで運動ニューロン発達を促すことが示されたパターン化因子の組み合わせを模倣しています。

STEMdiff™ Motor Neuron Kits は、Inserm (パリ) に所属するStephane Nedelecの研究グループが発表した、Maury et al. (Nature Biotechnology, 2015) 5 のプロトコルに基づいて開発されました。この培養方法では、胚様体 (embryoid body: EB) の状態で運動ニューロンへの分化を開始した後、単層培養に移行して分化・成熟させます。

STEMdiff™ Motor Neuron Kitsとは

特長

  • 迅速: 運動ニューロンをhPSCからわずか14日で作製し、28日で完全に成熟
  • 高効率: 純度の高い運動ニューロン集団(>60% HB9+)を獲得
  • 生理的: ニューロンの活性をサポートするBrainPhys™培地で成熟させることで、生理学的に適切な結果を獲得
  • 適合性: hPSC由来の他の細胞(筋/筋管、ミクログリアなど)との共培養に適合

使用方法

STEMdiff™ Motor Neuron Differentiation Kit を用いて、hPSCから14日間で運動ニューロンを作製した後、STEMdiff™ Motor Neuron Maturation Kit でさらに14日以上培養して成熟させます。各1キット使用時に、約107個のニューロンを長期培養(30日以上)で作製可能です。

最初に推奨されるプロトコル(図1)では、0-9日目にEBを形成・分化させる段階をAggreWell™400 24-well Plate (ST-34411) で実施します。AggreWellプレート表面に刻まれた400 µmのマイクロウェル中で、非常に均一なサイズのEBを培養できます(図2)。
培養規模を拡大したい場合は、AggreWell™400 6-well Plateを使用するプロトコルも選択できます。
一方、AggreWellの代わりに超低接着6-wellプレートを使用するプロトコルもありますが、収量はAggreWellと比べて低くなります。

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図1. STEMdiff™ Motor Neuron培養系による運動ニューロン分化・成熟の流れ

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図2. AggreWell™400プレート内で運動ニューロンに分化中のEB

運動ニューロン分化に伴うマーカー発現

hPSC播種後9日目のマーカー発現

  • 通常、運動ニューロン前駆体マーカー OLIG2 (>80%) を発現します(図3
  • 最小限の脊髄介在ニューロンマーカーまたは前脳ニューロンマーカー (NKX2.2、FOXG1、OTX1、OTX2など) を発現します(図3
  • HOXA2、HOXA4、HOXA5が高発現し、より吻側(頸髄)の運動ニューロン生成を示唆します(図4
100-0871-Fig2.png

図3. 高純度の運動ニューロン前駆体
(A) STEMdiff™ Motor Neuron Differentiation Kitで各種のhPSC株から形成したEBを9日目に解離し、シングルセルとして接着培養に播種しました。得られた培養物には、運動ニューロン前駆体マーカー OLIG2(赤)を発現し、脊髄介在ニューロンマーカー NKX2.2(緑)を発現しない細胞集団が含まれています。細胞核をHoechst(青)で標識しています。
(B) OLIG2およびネガティブコントロール (NKX2.2、FOXG1、OTX1、OTX2) の発現頻度 (%) を定量化しました。

100-0871-Fig4.png

図4. 頸部にパターン化された運動ニューロン
STEMdiff™ Motor Neuron Differentiation Kitで作製したhPSC由来の運動ニューロン前駆体(9日目)の遺伝子発現をqPCRで測定しました。コントロールにはhPSC由来の前脳ニューロン前駆体を使用しました。運動ニューロン前駆体はhPSCに比べて前後軸の頸部を示すHOXA5を高発現しています。

hPSC播種後14日目のマーカー発現

  • 以下の基準に従って運動ニューロンを評価し、実験継続の可否を判断します(図5
    >80% β-tubulin +
    >40% ISL1 +
    >40% NKX6.1 +
  • 通常、運動ニューロンマーカー HB9も40%以上発現します(図5
  • この時点では未成熟なため、14日間の追加培養後にマーカー発現の再評価が必要です
100-0871-Fig3.png

図5. 有糸分裂終了後の運動ニューロン
(A,B) STEMdiff™ Motor Neuron Differentiation Kitで、hPSC由来の運動ニューロン前駆体を分裂済みの運動ニューロン(14日目)に移行させました。得られた培養物には、神経同定マーカー βIII-TUB(A、緑)、成熟運動ニューロンマーカー HB9(A、赤)およびISL1(B、赤)を発現する細胞集団が含まれます。細胞核をHoechst(青)で標識しています。
(C) 上記マーカーの発現を定量化しました。

hPSC播種後28日目のマーカー発現

  • 以下の基準に従って運動ニューロンを評価し、分化の成功を判断します(図6
    >80% β-tubulin +
    >40% ISL1 +
    >40% HB9 +
    >40% ChAT +
  • 運動ニューロンマーカー ISL1、HB9、および成熟運動ニューロンマーカー ChAT(コリンアセチルトランスフェラーゼ)の発現が重要です(図6, 7
100-0871-Fig5.png

図6. 成熟後の運動ニューロン
(A-C) hPSC由来の運動ニューロンをSTEMdiff™ Motor Neuron Maturation Kitをもちいて成熟させました(28日目)。得られた培養物には、神経同定マーカー βIII-TUB(A、緑)、成熟運動ニューロンマーカー HB9(A、赤)、SYNAPSIN(B、赤)、MAP2(B、緑)、およびコリン作動性ニューロンマーカー ChAT(C、緑)を発現する細胞集団が含まれています。細胞核をHoechst(青)で標識しています。
(D) ChAT、HB9、βIII-TUBの各マーカー発現を定量化しました。

100-0871-Fig6.png

図7. コリン作動性ニューロンの産生
hPSC由来の成熟運動ニューロン(28日目)の遺伝子発現をqPCRで測定しました。コントロールにはhPSC由来の前脳ニューロンを使用しました。成熟運動ニューロンはChATを高発現しています。

運動ニューロンの共培養

ミクログリアとの共培養

  • 運動ニューロンを、STEMdiff™ Microglia Differentiation Kit (ST-100-0019) で作製したhPSC由来ミクログリアと共培養できます
  • ALSなどの運動ニューロン疾患の神経炎症モデルとして、ミクログリアと運動ニューロンの相互作用の研究に役立ちます
  • ミクログリアと運動ニューロンをhPSCから別々に分化させた後、ミクログリアを未成熟運動ニューロンに1:2(ミクログリア:ニューロン比)で播種し、BrainPhys™ベースの培地で共培養します

    mo_microglia1.png

    図8. 運動ニューロンとミクログリアの共培養

筋管との共培養

  • 運動ニューロンとhPSC由来筋管の共培養によって、神経筋接合部の形成をin vitroでモデル化できます
  • 筋管は、STEMdiff™ Myogenic Progenitor Supplement Kit (ST-100-0151)、MyoCult™-SF Expansion Supplement Kit (ST-05980)、およびMyoCult™ Differentiation Kit (ST-05965) をもちいてhPSCから作製します
  • 運動ニューロンは、hPSC播種後14日目までEBのまま培養した後、シングルセルに解離して筋管の上に播種します
  • 共培養は、STEMdiff Motor Neuron Maturation Mediumで10-14日間維持できます
  • 点状に染色されたアセチルコリン受容体 (AChR) は、神経筋接合部の存在を示します

    mo_myotube.png

    図9. 運動ニューロンと筋管の共培養

共培養について詳しくは:

以下の学会発表ポスター、Figure 4をご参照ください。
SP00265-Rapid, High-Efficiency Differentiation of Motor Neurons from Human Pluripotent Stem Cells

運動ニューロンの神経活性測定

多電極アレイ (MEA)

  • 神経活性をMEAで測定し、運動ニューロンの成熟と機能を評価できます
  • hPSC播種後14日目以降の成熟段階の進行に伴い、平均発火率で測定される神経活性が上昇します
  • 以降、hPSC播種後42日目までは活性が上昇することを確認済みです
    mo_neuron_mea.png

    図10. MEAによる運動ニューロンの活性測定

参考文献

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